鎌倉武士と、、その女房には、、救われない思いが強かった、、、。
そんな中で、、仏になることを拒否して、、たとえ地獄に落ちても、、現実の苦悩に立ち向かおう、、ひたすら、、現実と向かい合う修行者でありたい、、菩薩、、という姿こそ鎌倉武士に救いを与え、、安堵の象徴であったと、、、そう思う、、。
そもそも、、仏とは、、仏陀(ぶつだ、ブッダ、; buddha) はサンスクリットで「目覚めた人」「悟った者」などの意味である。
また、、如来はサンスクリット語はतथागत(tathāgata タターガタ)であり、ひとまず「如 (tathā タター) 」の後に来る語を「去れる (gata ガタ) 」とするか「来れる (āgata アーガタ) 」とするかで如去、如来と漢訳し分けられる。音写として多陀阿伽陀(ただあがだ)がある。、、、と言われている。
「タタ-」は「行く」、、「アーガタ」は「来る」と言うのが如来の語源と言われる。
The Chinese laid stress on the sence of “coming”thus leading to the current characters for nyorai in japanese.
また、接尾後に「タター」が正式で、「真如」とも訳されるので、、、
「真理に目覚めた者」ということでは、、仏も如来も同じ意味になる、、、。
また「菩薩」とは、、梵名ボーディ・サットヴァ(बोधिसत्त्व [bodhisattva]) の音写は、仏教において一般的に成仏を求める「修行者」のことを指す。
菩薩の立場は、、「修行者」であって、仏では無い、、ことがポイント。
さて、鎌倉では、、どんな如来や菩薩が居るのかな、、、。
○建長寺(けんちょうじ):臨済宗建長寺派
本尊は地蔵菩薩:サンスクリット語ではクシティ・ガルバ(क्षितिघर्भ [kSiti gharbha])と言う。クシティは「大地」、ガルバは「胎内」「子宮」の意味で、意訳して「地蔵」としている。
インドに大変慈悲深い2人の王がいた。一人は自らが仏となることで人を救おうと考え、一切智威(成就)如来という仏になった。だが、もう一人の王は仏になる力を持ちながら、仏となることを拒否し、請願して人の身のまま地獄に落ち、すべての苦悩とさ迷い続ける魂を救おうとした。※仏になることを拒否して、請願して菩薩(修業の身)に留まり衆生を救う、、という例えが戦乱で殺生を止むなしとした鎌倉武士の心情に受け入れられた、、、。
○円覚寺(えんがくじ):臨済宗円覚寺派
本尊は宝冠釈迦如来
北条時宗が文永、弘安の役(元との戦い)で亡くなった兵士を弔うために建立したという。
開山は、無学祖元(仏光国師;宋の禅僧)が開山
寺の由来は、地中から円覚経を納めた石棺が掘り出されたことに由来する。
○寿福寺(じゅふくじ):臨済宗建長寺派
本尊は宝冠釈迦如来、他に文殊菩薩、普賢菩薩、地蔵菩薩の像がある。
寺宝は栄西著「喫茶養生記」
頼朝の父、義朝の屋敷跡と言われる。
○浄智寺(じょうちじ);臨済宗円覚寺派
本尊は三世仏如来坐像(阿弥陀、釈迦、弥勒)
○浄妙寺(じょうみょうじ);臨済宗建長寺派
本尊は釈迦如来
稲荷山浄妙寺(とうかさんじょうみょうじ)が正式名、、奥には鎌足稲荷神社がある。
藤原鎌足のにちなむ、、鎌倉の地名の由来ともいわれる。
以上は、「鎌倉五山」と言われる臨済宗の寺格付けです。
○高徳院(鎌倉大仏)(こうとくいん);浄土宗
本尊は、阿弥陀如来露座
大乗仏教の如来。梵名は「アミターバ」(अमिताभ Amitābha)、あるいは「アミターユス」 (अमितायुस् Amitāyus)といい、それを「阿弥陀」と音写する。「阿弥陀仏」ともいい、また略して「弥陀仏」ともいう。梵名の「アミターバ」は「無限の光をもつもの」、「アミターユス」は「無限の寿命をもつもの」の意味で[1]、これを漢訳して・無量光仏、無量寿仏ともいう。西方にある極楽浄土を持つ(東方は薬師如来)。
○海光山慈照院長谷寺(はせでら);浄土宗
本尊は、十一面観世音菩薩
伝承では天平八年(736)本尊が漂着しのが創建
観音堂、阿弥陀堂、大黒堂、経蔵などがある。
○龍護山医王院万福寺(まんぷくじ)
本尊は、薬師如来
天平十六年(744)創建、
義経が頼朝に宛てた「腰越状」でも知られる。
○福源山明月院(めいげついん)
本尊は、聖観世音菩薩
観光では「あじさい寺」と言われる
○功臣山報国寺;臨済宗建長寺派
本尊は、釈迦如来
文化財農地「東帰集」は、仏乗禅師が在元のときからの漢詩集
鎌倉は、三十三観音巡りというのがあります。
【とほとほ道中記】 鎌倉札所めぐり 鎌倉三十三観音
鎌倉札所めぐり ・鎌倉三十三観音・鎌倉二十四地蔵 ・鎌倉十三仏 ・鎌倉史跡めぐりなど、鎌倉好きの鎌倉散策サイトです。
第一番札所 大蔵山 杉本寺 【十一面観世音菩薩】
第二番札所 金龍山 宝戒寺 【准胝観世音菩薩】
第三番札所 祇園山 安養院田代寺 【千手観世音菩薩】
第四番札所 海光山 長谷寺 【十一面観世音菩薩】
第五番札所 満光山 来迎寺(西御門) 【如意輪観世音菩
第六番札所 錦屏山 瑞泉寺 【千手観世音菩薩】
第七番札所 岩蔵山 光触寺 【聖観世音菩薩】
第八番札所 飯盛山 明王院 【十一面観世音菩薩】
第九番札所 稲荷山 浄妙寺 【聖観世音菩薩】
第十番札所 功臣山 報国寺 【聖観世音菩薩】
第十一番札所 帰命山 延命寺 【聖観世音菩薩】
第十二番札所 中座山 教恩寺 【聖観世音菩薩】
第十三番札所 稲荷山 別願寺 【魚らん観世音菩薩】
第十四番札所 随我山 来迎寺(材木座) 【聖観世音菩薩】
第十五番札所 円龍山 向福寺 【聖観世音菩薩】
第十六番札所 内裏山 九品寺 【聖観世音菩薩】
第十七番札所 南向山 補陀落寺 【十一面観世音菩薩】
第十八番札所 天照山 光明寺 【如意輪観世音菩薩】
第十九番札所 天照山 蓮乗院 【十一面観世音菩薩】
第二十番札所 天照山 千手院 【千手観世音菩薩】
第二十一番札所 普明山 成就院 【聖観世音菩薩】
第二十二番札所 霊鷲山 極楽寺 【如意輪観世音菩薩】
第二十三番札所 大異山 高徳院 【聖観世音菩薩】
第二十四番札所 亀谷山 壽福寺 【十一面観世音菩薩】
第二十五番札所 泉谷山 浄光明寺 【千手観世音菩薩】
第二十六番札所 扇谷山 海蔵寺 【十一面観世音菩薩】
第二十七番札所 若昇山 妙高院 【聖観世音菩薩】
第二十八番札所 巨福山 建長寺 【千手観世音菩薩】
第二十九番札所 蓬莱山 龍峰院 【聖観世音菩薩】
第三十番札所 福源山 明月院 【如意輪観世音菩薩】
第三十一番札所 金宝山 浄智寺 【聖観世音菩薩】
第三十二番札所 松岡山 東慶寺 【聖観世音菩薩】
第三十三番札所 佛日庵 【十一面観世音菩薩】
、、、、うーーん疲れた、、。
次回は、、鎌倉の阿弥陀如来、観世音菩薩、、、この方達の先祖(ルーツ)を探っていきたい、、、。
※鎌倉といえば、、「鶴岡八幡宮」、、そして「鶴岡八幡宮」は、京都の石清水八幡宮(京都府八幡)の「若宮」として造営した。そして石清水八幡宮は宇佐八幡宮を本宮とする。
※若宮とは、、本宮をほかの地に新しく勧請して祀った新宮,または本宮の祭神の御子神を祀った神社の意。
つまり、分家とか住所移転とか?
鶴岡八幡宮(鎌倉)→石清水八幡宮(京都府八幡)→宇佐八幡宮(九州大分)→??
ルーツを探ると、、この神様の祖先が見えてくる、、また、阿弥陀如来、観世音菩薩との関連
が思わぬ想像を掻き立てるのだ。
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