※改めて過去のニッポンの地震、、、凄まじい過去ではある、、
とりわけ、、17世紀から18世紀(1600―1700代)江戸時代の地震が今日の状況に似ているといわれる、、
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1605年2月3日 慶長地震(東海・南海・東南海連動型地震) – M 7.9〜8、関東から九州までの太平洋岸に津波、紀伊・阿波・土佐などで大きな被害。八丈島でも津波による死者数十人。死者1万〜2万人と推定されるが、津波以外の被害はほとんどなかった。
1611年
9月27日 会津地震 – M 6.9、死者3,700人。
12月2日 慶長三陸地震 – M 8.1、死者約2,000〜5,000人。
1615年6月26日 江戸地震 – M 6、死者多数。
1616年9月9日 宮城県沖地震 – M 7.0、仙台城が破損。
1619年5月1日 熊本県八代で地震 – M 6.0
1625年7月21日 熊本で地震 – M 5〜6、死者約50人。
1627年10月22日 松代地震 – M 6、死者多数。
1633年3月1日 相模・駿河・伊豆地震 – M 7.1、死者110〜150人。駿河・熱海に津波。
1640年11月23日 大聖寺地震 – M 6、死者多数。
1649年7月30日 武蔵・下野地震 – M 7.1、死者多数。
1662年
6月16日 近江・山城地震(畿内・丹後・東海西部地震、寛文の琵琶湖西岸地震) – M 7.4〜7.8、死者数千人。
10月31日 日向・大隅地震 – M 7.6、死者多数。
1666年2月1日 越後高田地震 – M 6.4、死者1,400〜1,500人。
1670年6月22日 越後村上地震 – 死者13人。
1677年11月4日 房総沖地震(延宝房総沖地震) – M 7.4 、死者500〜600人。福島県〜千葉県に津波。 1678年10月2日 宮城県北部沖で地震 – M 7.5、死者1人、東北地方の広範囲で被害。
1686年10月3日 遠江・三河地震 – M 6.5〜7、死者多数。
1694年6月19日 能代地震 – M 7.0、陸奥で山崩れなど。死者394人。
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1703年12月31日 元禄地震(元禄関東地震) – M 8.1、死者5,200人(20万人とも)。関東南部に津波。
1707年10月28日 宝永地震(東海・南海・東南海連動型地震) – M 8.4〜8.7、死者2,800〜2万人以上、倒潰・流出家屋6万〜8万軒。関東から九州までの太平洋岸に津波、伊豆・伊勢・紀伊・阿波・土佐などで大きな被害。
地震から49日後に富士山の宝永大噴火。道後温泉の湧出が数ヶ月間止まる。
1710年10月3日 因伯美地震 – M 6.6、山崩れなど。死者多数。
1714年4月28日 糸魚川地震 – M 6.4、山崩れなど。死者約100人。
1717年5月13日 宮城県沖で地震 – M 7.5、陸前、陸中で津波や液状化により被害。
1729年 能登半島で地震 – M 6.6〜7、死者少なくとも5人。
1731年10月7日 宮城県南部で地震 – M 6.5、死者数名、家屋が倒壊。
1741年8月28日 北海道西南沖の大島で火山性地震 – M 6.9、死者2,033人。大津波発生。
1751年5月21日 越後・越中地震 – M 7.0〜7.4、死者1,541人。高田で火災など。
1762年10月31日 佐渡島北方沖で地震 – M7.0、死者あり。液状化現象、津波による家屋流出など。
1766年3月8日 津軽地震 – M 6.9、弘前城損壊など。死者約1,500人。
1771年4月24日 八重山地震(明和の大津波) – M 7.4〜8.0、死者約12,000人。最大波高85m。
1782年8月23日 天明小田原地震 – M 7.0、住宅約800破損、小田原城損壊など。
1792年5月21日 島原半島で土砂崩れによる大津波(島原大変肥後迷惑) – M 6.4、死者約15,000人。
1793年
2月8日 西津軽・鰺ヶ沢で地震 – M6.8〜7.1。津軽山地西縁断層帯が震源で、地震発生よりも前に海水が引く前兆現象があった。津波による死者3人。
2月17日 三陸沖で地震(連動型宮城県沖地震) – M 8.0〜8.4、死者100人程度、陸中から常陸にかけて津波。
1799年6月29日 石川県などで地震 – M 6。金沢で640人死亡、その他の地域でも死傷者あり。
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1611年の宮城沖地震から1707年の富士山噴火など、、、地震多発期間が続くことになる、、、
あらためて、地震の国なんだなと思うわ、、
日本の巨大活断層と火山の動きは、、次の地震を予測させるものがある、、、
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1979年以降30年間、、、アメリカ合衆国は原子力発電所を一箇所も建設していない、、、、
こんな狭い日本に、ホントに原発は必要なのだろうか、、、、、
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1979年3月28日、、、アメリカ、ペンシルバニア州スリースマイル島原発2号機で、原子炉が解け落ちるメルトダウンが起きてしまった、、、、
最後の防壁である格納容器の爆発の恐れが高まって、、、ニューヨーク、ワシントンを含む東部が壊滅すると言う国家危機が迫ったため、、内部放射能を大量に放出せざるを得なかった、、、、
このことによる住民や植物の被害について、、、州政府とアメリカ政府は隠蔽し続けてきた、、、、
、、、、、、、
今日の朝日新聞朝刊(5/15)によれば、、3月下旬、、、米政府首脳の発言として、、「日本政府がこのまま原発事故の対応策っをとらずにいるなら、米国人を強制退避させる、、、」
という内容が秘密裏に首相官邸に伝えられた、、、
、、、、、、
アメリカは原子力爆弾を最初に製造した国、、原発も最初に製造した、、、その国が30年間製造を止めている危険な原発を、、、日本政府は2030年までに原発14基以上を増新設する「エネルギー基本計画」を閣議決定したのである、、、、そして福島原発事故!!、、、、被害が1000kmとも言われる原発の建設は国民投票で決めろ、、と言いたい一人として許せない、、、、補助金で脂ぎった村のジーさんの意見で決めてもらっては困る、、、
この国の未来が失われるかも知れない、、、大きな岐路なのだ、、、
急いで、、原発建設の方針は「白紙」と表明した民主党だが、、、、誤りは正す、、それはいい、、、しかし、、
閣議決定の見識に対する、、責任は取らねばならないだろう、、、
しかも、、多くの国民は原発増設の乱発方針をあまり、知らない、、、、
■秘密文書
1960年4月、、、日本原子力産業会議が当時の科学技術庁に提出した秘密文書がある、、、、
「大型原子炉の事故の理論的可能性及び公衆損害額に関する試算」である、、、
これによると、、物的損害は、農業制限地域が、最高で1000km以上に及び、、損害は1兆円(当時)以上に達する
、、、つまり、、日本全土が農業が出来ない状況に陥る、、、
大量の死者が出る、、恐ろしい被害予測に、、日本国家は、これを隠蔽した、、、、。
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これは、東海原発をモデルにしたもので、現在の原発は、その数倍から10倍にも達する原子炉である、、、
大事故になれば、、、数百兆円の被害、、、そして国家の危機となる、、、
そして、、、今、キワドイ状況に立たされている、、、
今回、、管総理が唐突に、、中部電力の浜岡原発を中断するよう要請した、、、一部ではアメリカからの圧力があった、、とされている、、。
原子爆弾を初めて製造した国と、、、初めて原子爆弾を落とされた国、、、原子力の利用に、、落とした国が敏感であり、、、世界で最初に原爆の被害にあった、この国が鈍感なのは、、皮肉だ、、、
■地震国ニッポン
真っ黒で見えない地震発生地図の中にあるニッポン、、、この危険な国での選択肢が原発であっていいのか、、、、
※日本のエネルギー政策を根本から変えねばならない、、、その決意が今こそ、、必要だ、、、
※参考<原子炉時限爆弾 広瀬隆>
——–書きかけです——–
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