平山郁夫と文化財保護

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みぞれ混じりの上野公園、、東京国立博物館に行ってきた、、
自宅から車で1時間少々、、ジイチャンの突然の行動に食事付きということで付き合った女房と娘、孫であったが、、、

会場には順当に入れた、、、が、、途中で孫のリュックの鈴が気になる、、しかも駆け回る、、、床に寝転ぶ、、、ガラスにベタベタ触る、、、10分でレッドカード、、監視員さんに追放処分をされ、、、娘と孫は、、休憩室にて待機することとなった、、。

「2009年12月、79歳で世を去った日本画家、平山郁夫氏は、創作活動と表裏一体をなすものとして、世界各地で危機に瀕している、かけがいのない文化遺産の保護に尽力いたしました、、、、、(パンフレット)」

展示会のうちの、画伯の絵は、、、玄装三蔵17年間の旅を追いながら、取材した何千枚ものスケッチをもとに製作、20年をかけて集大成したもの、、、で、49mにに及ぶ「大唐西域壁画」として薬師寺に奉納された。

スケールの大きさと、、明るさ、、が感動を与えてくれます、、

壁画は、はじめに
「明け行く長安大雁塔」がそびえ立ちます

高昌古城」:かって、シルクロードの要衝の地として栄えた都市、玄装三蔵も立ち寄った「高唱」の幻の楼閣をモチーフ、、、


中心にあるのは、、エベレストビューへの登山を敢行し、ヒマラヤをモチーフに画いた「西方浄土須弥山」、、、圧巻です。

「バーミアン石窟」:アフガニスタン、ヒンドウクシュ山脈の渓谷にある石窟群、玄装三蔵が訪ねた当時は、伽藍数十箇所、僧徒三千人といわれる、、岩肌全てが夕日に黄金に輝いていたと思われるような作品
高さ55mの大仏などはタリバン政権によって破壊された

「デカン高原の夕べ」:玄装は、西インド、南インドまで足をのばした、、平岡画伯も荒涼とした大地に思いをはせた、、

最後に
「ナーランダの月」:ナーランダは大乗教研究の中心地として栄えた学問寺、玄装三蔵は、長安を出てから3年後にこの地に着いた、、、そして5年間の研究生活を送る、、、、月と夜空が美しい、、、


芸術と信仰の問題にも、、思いを廻らされます、、
タリバーンによる破壊から、、バーミアン遺跡を保護する活動や、、
世界各地での遺産の盗掘や破壊など、、今も深刻な状況にある、、が日本の保護活動によって、幾つかの貴重な遺跡が、歴史遺産として残されたことに心から敬意を表したい、、

※但し、、信仰の対象としての存在と、美術文化としての存在、、、、そのバランスは難しい、、、あまりにも悲劇の歴史が重い、、、唯一神の殉教者にとって、、妥協が存在するのか、、、深刻だ、、。

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